財団法人徳風会設立趣意書
戦後わが国の社会は文化国家としての体制が漸く整備されて、各種の文化事業、福祉事業をはじめ、社会保障施設も次第にその歩を進めて来たが、社会全般の観点からみると、なお甚だ不十分であって、いわば僅かにその第一歩をふみ出したにすぎない。例えば教育について見ても、憲法第二十六条の「すべて国民は法律の定めるところにより、その能力に応じてひとしく教育をうける権利を有する。」という条項の如きも厳密にいえば一種の形式的規定に止って、すべての国民がひとしくその能力に応じた教育を受けるまでには、まだまだ前途遼遠を思わしめるものがある。さらに同条第二項の義務教育無償の原則もほぼ同様の状態にある。又第二十五条の「すべての国民は健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。」という条項もこれは将来の目標を言い表わしたものというべく現実の事態とは凡そ懸隔が甚だしい。そこで今日の段階においては、国家や公共団体の力による外に、民間の私的施設をもって補充補足すべき分野が相当に存在すると思われる。
私は甚だ微力であって、そんな大きな見地からは何のたしにもなりえないことはよく承知しているが、それでもなお九牛の一毛大海の一粟にでもとの一念から、甚だ些少ではあるが、自己所有の土地及び現金の寄付によって財団法人徳風会を発起した次第である。
私は年少の頃から投機市場に身を投じ爾来ほとんど六十年米穀取引や証券売買で奮闘し、その間しばしば波瀾万丈といってもよいほどの大変動にも遭遇したが、幸に晩年無事矛を収めうる状況になったので、現在すべての方面の事業から手を引き、戦後最も苦心した他の関係事業からもその整理完了を機として勇退し、この機会に豫ての念願である報恩感謝の一端を果したいと思い、この財団法人の設立を思い立った。
この財団法人は経済的に恵まれない優秀な学徒に奨学金を給与してその修学を援助し、また学校学園に助成金を贈与して教育事業の振興をはかり、なお将来事情が許すならば慈善、祭祀の事業にも手を拡げて報恩感謝の志を捧げたい。
私の今日あるのは実に仏教のいわゆる四恩の賜である。自分の老後の生活が一応安定感を得たのも、社会情勢の自然的結果による部分が少くないと思う。それが私をして感恩・謝恩の寸志を表示したいと決心せしめた動機である。
私の目的ないし志趣はそこにあるがしかし事業の規模は極めて小さい。極めて小さいながらも分相応の奉仕の精神を尽くさしていただくことができれば誠に幸である。そこで直接に本財団の企画運営を賛助していただく人々をはじめ、監督官庁の各位並びに社会一般の方々の御支援御協力を切に懇願する次第である。その精神的な御支援によってこそ、小さなこの事業も、やがて幾分かの社会的果実を収めうるであろうことを期待し且つ確信する。
あえて所志の一端を披れきして財団法人設立の趣意書とする。
昭和二十九年五月八日
寄付行為者
設立代表者 荒津長七